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司馬遼太郎の本と一休さん





昨年放送されていた大河ドラマ「真田丸」をきっかけに歴史小説を再び読むようになりました。私は高校生の時に司馬遼太郎の「燃えよ剣」という小説を読んで幕末の歴史にはまり、「竜馬がゆく」なども読み、大学は文学部史学科を一時は本気で考えましたが、就職に不利と聞かされ断念。せめて新撰組が活躍した京都にある大学に行こうと決めました。それからずっと30年以上京都に住んでいますが、仕事で京都の観光名所などにお客様をお連れする以外には歴史から遠ざかっていましたが、最近自分の中で再び歴史ブームが起きていて、日本に戻る度に京都のお寺や神社を訪れています。

真田丸の後に関連の本を幾つか読みましたが、どれも面白みにかけました。しかし司馬遼太郎の本は違いました。真田丸に一番関連があるのが「城塞(上・中・下)」というタイトルの本で豊臣秀吉没〜大阪夏の陣までを描いています。その後時代を遡るように、「関ヶ原(上・中・下)」、「新史太閤記(上・下)」、「覇王の家(上・下)」と一気に読みました。次は「国盗り物語1〜4」を読むことにしています。

学生の頃には「関ヶ原」は読み終えていましたが、この歳になって再び読むと新たな発見が多く、歴史というのはビジネスなどに参考になると思っています。歴史小説のほとんどは丹念に取材や調査に基いて、作者の想像を巡らせながら書いていると思いますが、司馬遼太郎も同様に、ある人物について書かれた過去の文献を丹念に調べ上げた上で小説を書いていると思われます。

上記の戦国時代の小説で中心になっているのはいうまでもなく、織田信長、豊臣秀吉、徳川家康の三人です。この三人の中では豊臣秀吉のような生き方がいいと以前は思ってきましたが、最近本を再び読むようになってからは徳川家康的な生き方もいいなと思い始めています。豊臣秀吉はあらゆる点において「天才」であり、その「天才」をもって運を開いてきた人。一方徳川家康は逆に幼少の頃からずっと苦労人。小説、特に「関ヶ原」や「城塞」では陰湿な悪人のような書き方をされていますが、戦国大名の中でも特に苦労をしてきた人でもあります。家康は常に細々とした命令は出さず、部下に思案をさせ、裁量を与え、部下を信じてきたそうです。相当なケチでずっと昔から使えてきた部下への報酬はごくわずかで、関ヶ原以降は外様大名には大盤振る舞いをしていたそうですが、それにもかかわらず組織の結束力は非常に強かったのは、「やりがい」を各個人に与えていたからではないかと思っています。

歴史はやっぱり面白い!これを機に司馬遼太郎の戦国ものを全て読破し、次はまだ読んでいない幕末ものを読むつもりです。

ちなみに歴史上の人物で好きな人物は?と聞かれると、最近では「一休宗純」と答えています。40歳以降の人なら知っている、あの「一休さん」のモデルになった人です。最近は「オトナの一休さん」というアニメが毎週火曜日午後10時45分から5分間NHKEテレで放映されてちょっと人気が出てきているそうです。昔やっていたアニメは江戸時代に書かれた文献をもとにしたいわば想像上のトンチの一休さんで、オトナの一休さんは史実に基いて描かれています。

http://www4.nhk.or.jp/P4039/

このアニメには私が一休さんを好きになった逸話がたくさん出てきます。ぜひ観てください。

一休さんが晩年を過ごした「酬恩庵」というお寺が京都の南部の京田辺市にあります。紅葉がすばらしいお寺でも有名なのですが、江戸時代初期に作られた枯山水のお庭がとにかく素晴らしい。お寺の中には一休さんが亡くなる前に作らせたという木造(髪の毛や髭は実際の一休さんから取ったもの)や肖像画などが残っていて実際に見ることができます。また境内にはお墓もあり、お墓の隣にある虎丘庵は晩年の一休さんが住んでいた場所です。お墓と虎丘庵の庭は茶祖村田珠光の作と言われています。(11月初旬に特別公開がある)一休さんが村田珠光に与えた公案(=禅問答)が「喫茶去(Kissako)」だったという事を最近知り驚いています。機会があればぜひ行ってみてください。私は時間がある時によく行きます。

写真はフィリピンに戻る前に撮った今年の紅葉です。まだ色づきはじめの頃だったのでピーク時はもっと素晴らしい紅葉が見れます。

IMG_6271.JPG

酬恩庵一休寺:http://www.ikkyuji.org

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